2013年11月10日 (日)

平針免許試験場が、大混雑

今日は、駅ちかウォーキングをサボって、平針へ免許更新に行った。

駅ちかの方は、東別院~日比野の中央卸売市場へ行くコースだったようだが、

昨年も大雨だったような気がする。

一昨年は、晴れていたような気もするが。

 

平針には、車で出かけた。

平針運転免許試験場近くの道が空いていたので、

試験場内も空いていると思っていたら、大間違いで、

最初の愛知県証紙を購入する列が、200m以上になっていた。

朝の9時頃に行ったのが間違いだった。

11時頃に行けば、空いていたようだ。

 

そんな行列に並んで証紙を買って、視力検査を受けたら、落ちた。

再検査でパスしたので良かったものの、視力が弱っていた。

先日の健康診断では、両目とも0.5以上あったのに。

 

優良講習は30分であったが、説明が残念だったような気がした。

教本のページを示されても、そのページには違う内容が書かれていたり、

「自転車で携帯画面を注視して走行すると、スライドにあるように、赤切符」

と言いながら、免許証の絵が出ていたりだった。

受講する方も、免許証ができるまでの時間つぶしだと思っていたりするから、

講習内容もこんな程度なのかな?

とりあえず、愛知県は、11年連続ワーストの記録を更新しそうな状況らしい。

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2013年5月 1日 (水)

会社業績悪化に伴う早期退職(2)

GW前に、早期退職許可書が手渡された。これで、晴れて、退職できることになった。

早期希望退職というのは、会社側に選択権があり、

会社がOKしなければ、退職させてもらえない。

社員が、どうしても退職すると言い張る場合は、

・退職理由を、「会社都合」→「自己都合」にする。

 会社都合ならば、失業給付金の受給資格が1週間後からになるが、

 自己都合になると、3カ月遅れになるので、不利益になる。

 もちろん、転職先が決まっている場合は、失業給付金を貰うことが無いので関係ない。

 

転職先が、同業だった場合は、退職金を払わないという条件も付いていた。

同業か否かは、会社が判断するので、会社の胸先三寸である。

会社の条件には、「同業他社への転職の禁止期限が設定されていなかった」ので、

無効らしい(会社は、本気では禁止していないのかもしれない)。

無期限禁止にすると、憲法における、

「職業選択の自由」を否定することになってしまうので、

会社のイメージもあり、難しいようだ。

ただし、最高裁判例とかでは無いようなので、

誰かが裁判しないと確定しないようだが。

 

これまでも、家業を継ぐと言って退職し、同業会社に転職している人はいるし、

同業他社から中途入社させたりしているので、

例え、同業に転職しても大きな問題にはならないと言われていた。

 

 

その頃、部門売却の発表があった。

会社・組合としては、少なくとも数日前には知っていたらしく、

「売却されるって知っていたら、早期希望退職したのに!」と言う声が挙がったようだ。

後で聞いた噂では、半年以上前から交渉していたので、

会社は、早期希望退職の募集前から知っていたらしい。

部門売却が、1週間そこらで決まる訳が無い。それは正しそうだ。

 

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2013年4月22日 (月)

会社業績悪化に伴う早期退職(1)

早期希望退職応募の申し込みは、面接担当管理職に提出することになっていた。

締め切りは、4月末になっていた。

 

40歳以上の社員の場合、定年退職扱いとして計算され、

退職割増金も数十ヶ月分上乗せされることになっていた。

そのため、締め切り前に応募が締め切られるかもしれないとの噂が出たり、

退職しても再就職が難しいから、皆、しがみつくとの噂が出たりした。

ノルマを達成できなければ、会社は強硬手段に出るのではないか等という噂もあった。

 

 

しばらく、誰が応募しているのか、していないのか様子見の状態が続いていたが、

一部の社員から、「退職して、会社を興す」とか、

「退職金を元手に、株のディーラーになる」などの声が出始めた。

 

 

その頃、会社では、突如、年金説明会が開かれた。

入社時と年金基金代行中止の時に、説明を受けたっきりではあったが、

突然の開催で、社員は、「なぜ今、開催するの?」だった。

後で考えると、早期退職を悩んでいる社員向けに行われたように思われる。

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2013年4月 8日 (月)

会社業績悪化に伴う早期退職の面談2

先週の面談から1週間が経ち、

早期退職に応募するか、しないかの返事をする日がやって来た。

 

この1週間、従業員たちは、仕事が手に付いていなかった。

顔を合わせれば、「どうする?」「どんな話をされた?」となってしまい、

「辞めようかな。残っても、嫌がらせされて、自己都合退職になったら、損だし。」

「俺は、どこに飛ばされても、一日中、壁とにらめっこの仕事でも、定年まで辞めない。」

「僕は、残るよ。一緒にやろうと言われたから。」

「あなたには、交通整理の仕事くらいしか用意できないって言われたよ。」

「もう、早期退職に応募しちゃったよ。」

などの会話が行われた。

 

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2013年4月 1日 (月)

会社業績悪化に伴う早期退職の面談

会社業績悪化に伴う早期退職の面談が昨日から始まった。

会社中の打ち合わせスペースは、すべて面談担当の部長以上の予約で埋まってしまい、

普段の打ち合わせや課内会議等は、実験室の端などで行うことになった。

 

一人当たり30分の面談時間が予定されており、

面談担当の部長から個人宛にメールで連絡があった。

時間になったら、部屋に入ってくるようにと書いてあった。

 

部屋に入ると、面談担当の部長は、怒った顔をしているように思えた。

「今から大事な話をしますので、最後まで黙って聞いて下さい。

会社の業績が悪化しており、大幅の赤字です。黒字化の目途が立ちません。

現状のままでは倒産する怖れがあります。

そこで、早期退職の募集をすることになりました。

 応募するかしないかは、あなたの自由ですが、

 残るも地獄、去るも地獄の状況です。

 早期退職に応募した場合は、転職支援サービスのサポートが受けられます。

 サポート費用は、すべて会社が負担します。

 また、退職金の上乗せがありますので、これこれの額が退職金となります。

 なお、この額は、一時金で受け取った場合の年金額を含んでいますので、

 年金を一時金で受け取らない場合は、この金額になります。

 一週間後の同じ時間に、あなたの気持ちを聞かせて下さい。

 もし、質問事項があれば、答えますので、聞いて下さい。」

 

書類を受け取り、部屋を出た。

 

後で聞いたところによると、面接では、大きく3種類の話があったらしい。

1.会社としては、これからも、あなたと一緒にやって行きたい。残って欲しい。

2.早期退職に応募するかどうかは、あなたの自由です。

3.会社には、あなたのために用意できるポストが無いので、別の道を探して欲しい。

 

 

また、面談担当の管理職は、その上司と既に面談を行っており、

上記の1の話(=残って欲しい)と言われた人が務めたとのことだ。

2や3の話を上司からされた部長は、部下の面談をすることは許されなかった。

その場合は、統括部長や取締役などが面談を務めたらしい。

 

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2013年3月 6日 (水)

会社の経営悪化(2)

前回の緊急対策説明会からちょうど1ヶ月。

今回は、食堂では無く、研修室で部門毎に、社長から説明があった。

時短日では、埒が明かないので、早期退職を募ることになったとのこと。

4月から、部長クラスが従業員一人一人と面談をして、

会社の状況と、早期退職制度の内容を説明するとの話があった。

 

同業他社では、数年前から早期退職が行われており、

退職金の上乗せなどの噂は聞いていたが、

自分たちの会社が実施することになるとは思っていなかったので、

少しびっくりした。

 

社長の説明の後、再就職支援会社の営業担当者から、

再就職支援の費用はすべて会社負担で、95%の人が1年以内に再就職していることや、

再就職支援会社の見学は、出張扱いになること、

社内に、再就職支援会社の説明担当者が常駐することなどの説明があった。

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2013年2月 6日 (水)

会社の経営悪化(1)

今日は、午後一番に、課長以上が研修室に集められていた。

何だろう?と話し合っていた午後3時に、全館放送がかかった。

「緊急対策説明会を行うので、従業員は食堂に集まるように。」

 

食堂では、社長が直々、会社及びグループ会社の状況について説明があった。

経営状況が厳しいので、月1回時短日を設けることにして、

給料から、1日分差し引くとのことだった。

 

数年前に、月2回時短日を設定したことがあった。

その時に、もう時短日は二度とやらないと組合と約束したらしいが、

反故にせざるを得ない状況らしい。

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2010年9月11日 (土)

お見舞い

ちょっと混乱して書いているので、文脈に取り留めが無くなっているかもしれない。

 

友人Fさんのお見舞いに行くことを、2週間前から予定していた。

一緒に行く友人Tさんと電話で打ち合わせして、

11日の13時過ぎにFさんの自宅に着くようにしていた。

 

Fさんは先月27日に病院を退院して、自宅療養している。

「体を自由に動かせなくなってしまったが、会話することはできる。

 私たちが訪ねて行くことを楽しみにしている。」

とご家族の方から聞いていたので、

私たちも1年半ぶりの再会を非常に楽しみにしていた。

 

FさんとTさんとは、およそ3年前に私が入院した時に、同じ病室で知り合った。

同病相哀れむではないが、退院後3人で三郎会というのを立ち上げ、

手紙を書いたり、メールしたり、電話したり、一緒に出かけたりしていた。

 

3人には、さまざまな共通点があった。

Fさんが退官前に単身赴任していたマンションが、私の幼少時住んでいたところ

だったり、Fさんが勤めていた団体に私がボランティア登録していたことがあったり、

Tさんが前の会社に勤めていた時、私の地元に何度も仕事で来ていたり、

Tさんの自宅と、私の会社の同僚の家が近所だったり・・・。

 

Fさんは、ある役所を退官した後、JICAや地元の要請を受けて、

あちこちに出かけたり、地元ではテニスサークルや登山や畑づくりなど

精力的に活動していた。

 

しかし、ある病がFさんを攻撃し始めたらしい。

Fさんは、何度も立ち向かい、病と闘ってきた。

今も闘っているが、先週末からは会話もままならなくなってしまったそうで、

家族の方から、Fさんの名前で、

「遠路をわざわざ来て頂いても、お話もできませんから

お見舞いをご遠慮して頂けませんか。」とのメールと電話があった。

 

私たちは、Fさんやご家族にご迷惑をおかけしてはいけないので、

「残念ですが、そうさせて頂きます。また、体調が良くなられましたら

お見舞いに行かせて下さい。」とお答えした。

そして、今日、Fさんから今年2月に上梓した著書が送られてきた。

今年の三郎会は、3月頃に行う予定だったので、

その時に渡そうと準備していたのかもしれない。

 

まえがきに、

これまでに出版した著書に比べて、文量が半分ぐらいになっている。

まだ書きたいことはいくつもあるが、事情により、これで一旦区切りをつける。

と書いてある。

Fさんは、自身の病気のことは知っており、自身の体力と折り合いをつけながら、

日々の生活で思ったり考えたりしたことを、まとめたのだろうと思う。

Fさんから病気の話を聞いた時から、彼なら本を書くだろうと思っていた。

でも、文量が半分で出版しなければならなくなったということは、

様々なリミットが発生したのだと思う。

 

私は、Fさんが会話できなくなっている状態であっても、お見舞いに行きたかった。

もちろん、Fさんが(ご家族が)遠慮して欲しいと言っている以上、

無理やり出かけることはしないが、

もし、もう会うことができなくなってしまうのであれば、一目顔を見せに行きたいと

思っている。

「動けなくなった姿を見られたくない。会話できなくなった姿を見られたくない。」

とFさんが考えているのだとしたら、それは尊重されなければならないから

出かけることはしない。

でも、遠路をご足労願ってもという遠慮であるならば、

遠路と言ったって、2時間足らずで行けるのだから、とも思っている。

 

自分がそのような状態になったら、どうしたい、どうして欲しいのか

臓器移植カードでは無いが、周囲の人に伝えておくことも必要かなと

考えたりした。

 

今、思い返してみると、Fさんは私たちが知り合う前から、

ある病と闘っていたのではないかと思われる。

著書(探したけれど記述を見つけられない)に、3年半前頃に入院したようなことが

書いてあったような気がする。

Fさんは、そんなことを飲みこんで、病と折り合いをつけていたので、

私たちにも優しくしてくれたように思う。人間が出来過ぎていたように思う。

 

2年前に、タンブラーをプレゼントされた。

今、それは会社で紅茶を飲むのに大活躍している。

今回、鯛のネクタイピンと泡盛の杯も著書と一緒に貰った。

これらをFさんの前で大活躍させて、「おっ、使って貰えているんですか。」と

言ってもらいたい。

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2010年3月19日 (金)

3連休前日の新幹線

今日は、新横浜まで出張。

行きの新幹線は、E席が予約できたので、

富士山を見ることができた。

と言っても、”頭を雲の上に出し~”の状態で、

頂上の部分だけが見えただけだったけれど。 

 

帰りは、6時台のN700系を予約していたんだけど、

打ち合わせが延びてしまって、結局、予約変更することになった。

何時に終わるかが読めなかったので、

最終電車のひかり 22:18発を予約した。

 

だと言うのに、打ち合わせが20時頃に終わってしまい、

再変更しようにも、グリーン車でさえも残席わずかの状態。

22:18まで待てば、必ず座れるのだが、

待ち時間で名古屋に帰れてしまう。

 

仕方が無いので、自由席で帰ることにした。

こんな時、東京駅ならば始発なので、

何台かやり過ごせば必ず座れるのだが、

新横浜ではそれもできない。

仕方なく、指定席デッキに乗って帰ろうと思ったが、

面白いから、自由席側に行ってみようと

自由席のところで車両を待っていたら、

デッキが満員電車になっていた。

乗るのを止めて、次の車両にすればよかったのに

乗ってしまったので、デッキのところで、立ったまま

かばんは宙に浮いたままで、名古屋まで1時間24分帰って来た。

 

次回は、指定席デッキの方に行くことにしよう。

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2009年12月23日 (水)

複数回献血キャンペーン

今日は、天皇誕生日だというのに、献血に行ってきた。

キティちゃんのマグネットクリップを貰うために。090820_clip_2

 

9月29日に400ml献血を献血バスでした時に、「けんけつちゃんカード」を貰った。

それによると、

  1. 1回目の400mL献血を平成21年11月30日までに協力する
  2. 「けんけつちゃんカード」を受け取る
  3. 平成21年12月1日~平成22年3月31日の間に、「けんけつちゃんカード」を持参の上、再度(2回目)400mL献血に協力する
  4. 先着12,000名様 プレゼントGet!

と書いてあった。

次回の400mlは12週間後の12月22日まではできなかった。

ということで、今日、行ってきた。

べつに、キティラーでは無いので、それ目当てでは無かったのだが、

貰えるものなら貰いたい。

主目的は、血液検査である。

γ-GTPやコレステロールとかが異常値だったので、再検査・再確認のため

行ってきた。

回数ポイントも貯めて、表彰も受けたい。

 

ということで、朝から出かけたのだが、献血ルームに行ったら戸惑ってしまった。

まず、入口で手指のアルコール消毒を行い、ルーム内ではマスク着用を

依頼された。インフルエンザ感染防止のためらしい。

そして、献血カードとけんけつちゃんカードを出したところ、

成分献血をお願いされた。

成分が欲しいので、400じゃなくても、キティちゃんはくれるらしい。

そして問診カードの記入だったが、献血バスでは鉛筆でマークシートを記入するのに

ルームではパソコン画面に向かって回答していき、回答が完了すると、

プリンタでマークシートを印字する形になっていた。

 

そんなこんなでココア等を飲んで待っていると、腕を温めるため

アイスノンの暖かい版(氷枕のようなやつ)を腕に当てておくよう言われた。

血管が細いので、温めておいた方が良いから。

いつも、献血時には、カイロをモミモミさせられている私としては、

いつものことなので、普通に応じた。

 

でも、一生懸命、暖かい飲み物を飲んで体を温め、腕も温めたのだが、

成分献血の段になったら、血流不足で採血中止になってしまった。

一旦遠心分離機まで行って、目を回して、クエン酸を混ぜられてしまった私の血液は

出戻ってきてしまった。

でも、献血回数にはカウントされるらしく、キティちゃんマグネットは貰えた。

そして、採血開始時に検査用の血液は採血管にとられたはずなので、

たぶん血液検査結果が送られてくると思うんだけど、どうかなぁ。

 

血流不足になると、途中で血液が固まってしまって拙いことになるからということで

中断になったんだけど、それはさておいて、血流不足ってどうしてなるのかなぁ。

 

「血圧の大きさは心拍出量(血流量)と血管抵抗で決まる」と書いてあったけど、

血圧が高ければ血流が良くなるのかなぁ。

ドロドロ血液だと流れにくいから、血流が悪くなるのかなぁ。

じゃあ、水分を多くとれば改善するのかなぁ。

などと考えながら、帰途に着いた。

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